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福岡高等裁判所 平成5年(う)129号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人林正孝作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官飼手義彦作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。所論は、要するに、原判決は、被告人がみだりに大麻約99.209グラムを所持した旨認定しているが、大麻取締法一条によれば、同法が所持を禁止している大麻草は「カンナビス・サティバ・エル」のみであると解されるところ、被告人が所持していたのは「カンナビス・インディカ・ラム」であるから、原判決には事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、大麻取締法の立法の経緯、趣旨、目的等によれば、同法一条にいう「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)」とは、所論が主張する「カンナビス・インディカ・ラム」をも含む「カンナビス属」に属する植物全てを含む趣旨であると解される(最高裁判所昭和五七年九月一七日第二小法廷決定・刑集三六巻八号七六四頁参照)のであって、所論は、同条に関する独自の解釈を前提に事実誤認をいうもので、前提を誤った主張といわざるを得ない。

ところで、所論は、大麻取締法一条の大麻草の意義を右のように解することは、類推解釈であって罪刑法定主義に違反する旨主張する。しかしながら、刑罰法規の解釈においては、文理解釈が唯一のものではなく、その立法の経緯、趣旨、目的等をも踏まえた上での目的論的解釈も許されると解される。そして、我が国で最初に大麻について法的規制が加えられたのは、昭和五年に第二あへん条約の発効に伴い制定された麻薬取締規則(昭和五年内務省令第一七号)によってであり、「印度大麻草、其ノ樹脂及之ヲ含有スル物」が同規則所定の麻薬として、その製造等に規制が加えられ、その後、昭和一八年法律第四八号(旧薬事法)による規制を経て、昭和二〇年厚生省令第四六号(昭和二〇年勅令第五四二号ニ基ク麻薬原料植物ノ栽培、麻薬ノ製造、輸入及輸出等禁止ニ関スル件)において「印度大麻草(カンナビス・サティヴァエル及其ノ樹脂其ノ他ノ一切ノ製剤ヲ謂フ)」の栽培等が全面的に禁止され、次いで、昭和二一年厚生省令第二五号の麻薬取締規則により、麻薬取扱者等以外の者が右と同様の印度大麻草を所有し又は所持することが禁止された上、昭和二二年厚生農林省令第一号の大麻取締規則により、免許を受けた大麻取扱者以外の者による大麻草(印度大麻草を含む)等の販売、所持等が禁止され、その後、昭和二三年にいわゆるポツダム省令を集大成した際、大麻取締法が同年法律第一二四号として制定されたこと、大麻に関するこれらの法的規制においては、第二次世界大戦までは印度大麻草のみがその規制の対象とされていたが、昭和二〇年厚生省令第四六号以後の立法においては、「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)」と定義された植物が規制の対象とされるに至ったこと、他方、当審において取り調べた関係証拠によれば、「カンナビス・サティバ・エル」は、スウェーデンの植物学者リンネが一七五三年に二名法に基づき与えた学名であり、当時カンナビス属に属する植物は「サティバ種」のみであると考えられており(一属一種説)、その後、「インディカ種」及び「ルーディラリス種」の存在について報告がなされたが、これら「インディカ種」や「ルーディラリス種」が「サティバ種」とは別の種であるとする見解(一属多種説)が強力に主張されるようになったのは一九七〇年代に入ってからのことであり、それまでは一属一種説が植物分類学における支配的見解であったと認められること、そして、大麻取締法が制定された際に、「インディカ種」や「ルーディラリス種」を同法による規制の対象から除外する趣旨で同法一条の定義が採用されたことを窺わせる資料はないばかりか、かえって同法が立法目的とする大麻の乱用による保健衛生上の危害の防止等を達成するためには、幻覚作用の本体であるテトラヒドロカンナビノール(THC)を含有しているカンナビス属の植物全てを規制の対象とする必要があったことを総合すれば、同法一条にいう「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)」を前記のように、カンナビス属に属する植物全てを含むと解することは、合理的な目的論的解釈の範囲内であって、これが類推解釈に当たるとは解されない。

なお、所論は、「サティバ種」、「インディカ種」、「ルーディラリス種」の間には、背の高さ、葉の形等において明らかな形態的差異があり、植物分類学についての知識が乏しい国民に対して、「インディカ種」や「ルーディラリス種」が「サティバ種」の変種であって、大麻取締法一条にいう「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)」がその全てを含むとの認識を求めることは不可能を強いることになる旨主張する。しかしながら、植物分類学を研究している人々の間ではともかく、一般には、カンナビス属の中に、所論が主張するような「サティバ種」、「インディカ種」、「ルーディラリス種」があること自体認識されているとは考えられず、むしろこれら全てのカンナビス属の植物を含めた意味で「大麻」と理解されていると考えられる。その意味では同法一条にいう「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)」の意義を前記のとおり解することの方が、むしろ通常の判断能力を有する一般人の理解に沿うものであって、所論には賛同できない。論旨は理由がない。

ところで、被告人は、当審公判廷において、本件当時、大麻取締法において所持が禁止されているのは「カンナビス・サティバ・エル」だけであって、被告人が所持していた「カンナビス・インディカ・ラム」は、それを所持していても処罰されることはないと思っていた旨述べて、大麻所持の故意がなかったかのような供述をしているが、同法にいう「大麻草」の認識としては、それがカンナビス属に属する植物であること、すなわち一般に「大麻」と呼ばれている植物であることを認識していれば足りると解されるのであるから、被告人が、その所持にかかる植物をカンナビス属に属するものであると認識していた以上、被告人には、被告人の所持する植物が同法一条にいう「大麻草」であるとの認識があったものと認めることができる。また、仮に被告人が本件当時当審供述のような認識を有していたとしても、被告人は、「マリファナ・ナウ」(当審弁三号の初版本)等の書物を読むなどして、そのように誤解していたというにすぎないのであるから、そのことが故意の成立を否定するものともいえない。

なお、原判決の「法令の適用」の項二行目に「同法二五条一項」とあるのは「刑法二五条一項」の誤記と認める。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官池田憲義 裁判官濱﨑裕 裁判官川口宰護)

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